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京都地方裁判所 昭和44年(わ)404号 判決 1969年11月22日

主文

被告人を懲役四月に処する。

この裁判が確定した日から壱年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四三年四月京都大学法学部に入学したところ、現在の大学制度や政治のありかた等に不満と反感をいだき、学生運動に関心をもつようになつて、「五・二三京大全学バリケード封鎖」を主張する京大全学共闘会議派学生らの闘争に参加するに至つたものであるが、

第一、前記学生ら数十名の者と共謀のうえ、昭和四四年五月二三日午前七時頃、京都市左京区吉田本町所在の京都大学教養部内正門東側付近において、同大学学長奥田東の同大学構内からの退去要求に応じないで、同構内に不法に滞留し建物の封鎖等を続ける学生らの排除・検挙並びにこれに対する妨害を排除するため、同大学本部時計台付近等でその職務に従事していた京都府警察本部警備部機動隊第二大隊第二中隊長警部横谷一憲指揮下の警察官約九〇名および同大隊第三中隊長警部小野晃指揮下の警察官約九九名に対し、多数の石塊を投げつけて暴行を加え、もつて同警察官らの前記職務の執行を妨害し、

第二  前記学生ら約二〇〇名の者と共謀のうえ、所轄京都府川端警察署長の許可を受けないで、同日午前九時一二分頃から同九時二〇分頃までの間、同区東大路通近衛交差点から、デモの隊列を組みジグザグ行進、うず巻行進を行ないながら、東大路通道路上を約一〇〇メートル北進し、さらに折り返して、前記近衛交差点付近まで右道路上を、デモの隊列を道幅一ぱいに広げるいわゆるフランス式デモを行ないながら南進し、もつて、一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態と方法により道路を使用し

たものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法第六〇条、第九五条第一項に、第二の所為は同法第六〇条、道路交通法第一一九条第一項第一二号、第七七条第一項第四号、京都府道路交通規則(昭和三五年京都府公安委員会規則第一三号)第一四条第三号にあたるので、各所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条、第一〇条に則り重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役四月に処し、情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、同法第二五条第一項により本裁判が確定した日から一年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して全部被告人に負担させる。

(弁護人の主張に対する判断)

第一  弁護人の主張

弁護人は、判示第二の所為を規制の対象とする道路交通法第七七条第一項の規定は、その許可条件が明確性を欠き、かつ、極めて広い行政機関の自由裁量を認めているので、表現の自由に対するこのような制約規定は憲法第二一条違反の疑いがあると主張する。

第二  当裁判所の判断

(一)  判示第二の所為は、被告人らが、自己の思想を主体的に表明する手段としてとつた集団行進であることが認められ、それは、まさしく憲法第二一条の保障する表現の自由の一形態と解すべきである。そして、集会、結社および言論、出版その他一切の表現の自由は、憲法が国民に保障する基本的人権であり、民主制社会のもとでは、その人権保障の構造体系のなかでも、優れて重要な地位を占めるものとして最も尊重されなければならない。

しかしながら、表現の自由といえども絶対無制限のものではなく、その自由権自体に制約が内在する場合のあることは否定できないし、また、表現の自由は、内心の自由と異なり本質的に社会的なものであつて、他人の自由と関連するところが多く、したがつて、各人の人権相互の衝突等を調整する原理としての公共の福祉の見地からする制約を免かれることもできない。だが、表現の自由は、前記のように、基本的人権のなかでも優れて重要なものなのであるから、思想表明の手段としての集団行進等の集団的行動を規制するにしても、それは表現の自由に対する必要にして最少限度にとどまるものでなければならない。

(二)  これを本件についてみるに、判示第二の所為を規制の対象とする道路交通法第七七条は、第一項において「次の各号のいずれかに該当する者は、それぞれ当該各号に掲げる行為について当該行為に係る場所を管轄する警察署長の許可を受けなければならない。」と規定し、その第四号は「道路において祭礼行事をし、又はロケーションをする等一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で、公安委員会が、その土地の道路又は交通の状況により、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要と認めて定めたものをしようとする者」と掲示し、その委任を受けて立法化された京都府道路交通規則(昭和三五年京都府公安委員会規則第一三号)第一四条は、右の条項による要許可行為を(1)ないし(9)に区分して列挙し、そのなかに、道路における「集団行進」等の集団的行動を含ませ、これらをその規制の対象としていることが明らかである。

そこで、道路交通法第七七条第一項等の関係法規が憲法第二一条の規定に違反するかどうかを、本件に即して順次検討する。

(1) 道路交通法第七七条第一項は、いずれも「道路」における行為を規制の対象としている。しかして、道路交通法第二条第一号は、同法において道路とは「道路法第二条第一項に規定する道路、道路運送法第二条第八項に規定する自動車道及び一般交通の用に供するその他の場所をいう」と定義づけている。そして、右の「一般交通の用に供するその他の場所」とは、前記道路法および道路運送法にいう道路以外の農道、林道、私道をはじめ空地、広場等で、現に、公衆すなわち不特定多数の人や車両等の交通の用に供されている場所と解するのが相当である。されば、道路交通法第七七条第一項がその規制の対象とする行為の行なわれる場所は、第四号の集団行進等の集団的行動についても、前記のように定義された道路に限定されているものということができるから、いわゆる公安条例(例えば昭和二九年京都市条例第一〇号)にみられるような規制の対象となる場所に不特定性を思わせるふしはなく、したがつて、前記規制の場所は明らかに特定しているものといわなければならない。

また、道路交通法第七七条第一項がその規制の対象とする行為の方法をみるに、それは、同項第一号ないし第三号については勿論、第四号についても、「祭礼行事をし、又はロケーションをする等」と例示しているところから、その他の行事行動も、これらに類似する通行の形態、方法による使用または集合で、一般交通に影響を及ぼすような行為であることが推測され、その委任立法である前記京都府道路交通規則第一四条においても、その要許可行為を限定的に列挙しているのであつて、これらの規定を総合すると、道路交通法第七七条第一項が、その規制の対象とする行為の方法はかなり広範囲にわたつてはいるが、いずれも、具体的で、その特定性に欠けるところはないものといわなければならない。

(2) 道路交通法第七七条第一項は、その第四号についてみるに、警察署長の許可を要する集団行進等の集団的行動は、それが一般交通に著しい影響を及ぼすような行為をその基準としていることが明らかである。そして、右の許可基準としての一般交通に与える妨害の程度は、同法第七七条第二項の規定の趣旨を参酌して勘案すると、相当高度のそれを要求しているものと解せられる。したがつて、道路において集団行進等の集団的行動が行なわれた場合に、それが、いわゆる公安条例による規制の対象となりうるは格別、右の行動による一般交通への影響の程度が、前記のような趣旨の著しいものとしての評価を受けることのない限り、それは同法第七七条第一項による規制の対象とはなりえないのである。されば、同条第一項第一号ないし第三号については、それ自体によつて明らかなように許可基準は具体的で明確性を保ち、同項第四号における集団行進等の集団的行動などについても、これら行為に対する許可基準は、前記のように、「著しい影響を及ぼすような」ものであることを要素としていて、それが、行政機関による事前に規制すべき基準としてはやや抽象的の嫌いがないでもないが、その行為の一般交通に与える妨害の程度は、相当高度であることが要求され、かつ、同条第二項は、一ないし三に類別して項目を掲げ、同条第一項による申請があつた場合の必要的許可の基準を明示しているのであるから、これらの規定を総合すると、第四号による許可基準は、かなり具体的で明確性を滞びているものと称して妨げない。また、同条によるこの程度の規制は、同法の目的とする道路における危険防止等を完うするためには、極めて必要な措置ということができ、これらの諸規定に照らしてみても、その許可基準には何ら不合理の点を見出しえない。

(3) このように、道路交通法第七七条第一項による規制については、その対象となる行為の場所および方法は特定しており、その許可の基準は合理的で、具体的に明確化されていることが認められるのであるから、これらの規定を有機的に一体として考察すれば、それが許可制をとつているとしても、その対象とする行為を一般的に制限しているものと解することはできない。したがつて、同条が、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ることを目的としている趣旨に鑑みると、本件のような集団行進等の集団的行動が、たとえ、憲法上保障された表現の自由の一形態としての、思想を表明するための手段として行なわれたものであつても、その行動が前記要許可行為に該当し、またはこれに該当するおそれのある行為としての評価に値いする限り、これに対し、同条が事前に所轄警察署長の許可を要するものと定めたことは、公共の福祉のため、必要にしてやむをえない最少限度の規制措置と認めるのが相当である。

(三)  以上の理由により、判示第二の所為を規制の対象とする道路交通法第七七条第一項第四号、第一一九条第一項の規定は、憲法第二一条に違反しないものと解すべきである。弁護人の主張はこれを採らない。

よつて主文のとおり判決する。(橋本盛三郎)

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